ワクチン製造用動物細胞培養攪拌槽の解析事例

 新型コロナウイルスが猛威を振るう中、ワクチン開発のみならず、ワクチンを大量かつ安価に提供する必要があります。ワクチン製造の1つに培養攪拌槽を用いる方法がありますが、小型のテストモデルではうまく製造できていたものが、実生産用の大型機ではうまく培養できなくなったという話は珍しくありません。
 今回は、その培養攪拌槽を設計する上での様々な現象を、熱流体解析でどのように扱うのかを紹介したいと思います。
 

物理生化学(バイオサイエンス)のアプローチ

 動物細胞培養攪拌槽は文字通り動物細胞を培養する装置なので、純粋な物理現象のみならず、生命現象を化学的、工学的または生物学的に捉えていく必要があります。
 例えば物理学的アプローチとしては、
  ・攪拌による流れ
  ・通気によるガスの溶解・析出
  ・装置自体の発熱や放熱
 生化学的なアプローチとしては、
  ・栄養(培養液や酸素)の消費
  ・廃棄物(二酸化炭素や排泄物)の産出
  ・ワクチンの増殖
  ・細胞サイズや細胞数の増加
  ・生化学による熱の発生
 このように、動物細胞培養攪拌槽の解析では多岐に渡る現象を、組み入れて考えなければなりません。

理想の動物細胞培養攪拌槽とは?

 ここでは、一般論になりますが、理想の細胞培養攪拌槽は下記のようなものと言われています。
 ●細胞を傷つけない、ゆっくり動く攪拌翼(攪拌するための羽根)。
 ●細胞に衝撃を与える、通気のための気泡の分裂(破裂)の抑制
 ●速やかな酸素の供給と二酸化炭素の排気
 ●適切な培養液の供給と毒素の除去
 ●細胞が1か所にとどまらず、適度に動くこと
 ●適切な温度管理
 ●大きな水圧がかからない形状
 ●細胞どうしが適度に分散し、密集も散在もないこと

 理想の装置にするためには、注文の多い細胞たちを満足させなければなりません。
 少し脱線しますが、菌類を使うヨーグルトや納豆の生産でも温湿度の管理は非常に重要で、その生産施設の設計に熱流体解析が使われることがあります。

動物細胞培養攪拌槽の解析手法

 今回紹介する解析手法はオイラー多成分多相熱流体モデルをベースとするものになります。つまり、流体という大きなくくりの中に、気体もあれば液体もある。 また液体の中には様々な物質が混ざっているという状態を計算します。

図1 攪拌槽内の流体要素

 また、バイオサイエンスのアプローチを取り入れるため、いくつかの解析モデルを用います
 ●ガスの溶解・析出
 通気による酸素や二酸化炭素の溶解・析出はヘンリーの法則に従うものと仮定します。 ヘンリーの法則および数式についてはここでは割愛します。(詳しくは文末の詳細資料PDFをご覧ください)
 ●細胞の生化学反応モデル
 細胞の生化学反応は非常に複雑で、数値解析に実現象を再現することが困難です。またすべての細胞を計算で求めることは、計算能力的に不可能であるため、今回は現象を単純化し、細胞の形状や大きさの変化は一定(球体)として、細胞質を用いて細胞数を表現します。(詳しくは文末の詳細資料PDFをご覧ください)

幾つかの解析アプローチ

 ここでは、すべての要素を一気に計算しようとはせず、段階に分けてそのメリットやデメリット、解明できる現象を整理していきたいと思います。

 ●流れ解析

解析手法液単相を対象に連続式、NS式、そして乱流モデルを用いて解析を行います。
計算コスト解析手法がシンプルで、定常解析ができ、短時間で解析結果が得られるメリットがあります。
得られる情報全体的な流れ、せん断、乱れなどの情報が得られます。
応用方法撹拌槽形状(縦横比、底面形状、邪魔板)・撹拌翼の設計に利用できます。

 ●除熱能力の確認

解析手法上記の手法に更にエネルギー保存式を加えて温度の解析も行います。
但し、単純化のため、実際の細胞の生化学反応による発熱ではなく、一定の体積発熱を与えて解析します。
計算コスト解析手法がシンプルで、且つ、定常解析ができ、短時間で解析結果が得られるメリットがあります。
得られる情報流れの情報に加えて、槽内の温度分布・除熱量が得られます。
応用方法撹拌槽の冷却方法(水ジャケット・インナーチューブなど)設計に利用できます。

 ●通気状況の確認

解析手法気液二相を考慮した解析手法となります。気相中のガス成分および液相中の溶存ガス成分も考慮し、ガスの溶解・析出モデルを取り入れます。
計算コスト非定常解析になりますので、計算時間は長くなります。
得られる情報上記の流れ情報に加え、ガス、溶存酸素・溶存二酸化炭素の分散状況が得られ、酸素供給・二酸化炭素除去能力がわかります。
但し、実際の細胞の生化学反応による溶存ガスの変化は考慮できず、単純なガス溶解・析出現象となる点に注意が必要です。
応用方法ガスの供給方法(スパージャータイプや配置など)の設計に利用できます。

 ●細胞育成状況の確認

解析手法幾つかの生化学モデルを考慮した手法となります。
計算コスト非定常解析になります。考慮する相・成分、モデルが更に多いため、計算時間がかかります。
得られる情報より実現象に近い、流れ場、温度分布(除熱能力)、通気状況がわかり、更に、培養液消費、排泄物の増加、細胞の成長、ワクチン生成量も確認することができます。
応用方法培養撹拌槽の最終的性能確認・最適化に適します。
まとめ

 今回の動物細胞培養攪拌槽は、多くの方にとって身近ではないため、イメージしにくかったかもしれませんが、単に物理学だけではなく、バイオサイエンスも考慮することで、このような装置開発に熱流体解析が利用できるということをご理解いただけたかと思います。
 そして、このような装置開発が進めば、より多くの人の命を救え、今回の新型コロナウイルス感染症による未曾有の危機を早期に終焉させることができると期待しています。

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 なお、内容はかなり専門知識が必要な内容となっておりますので、あらかじめご了承ください。

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サンプルモデル解説資料

 サンプルで計算したモデルの条件設定項目を解説した資料をお渡ししています。ただ、お渡しする資料の個別の説明は行っておりません。
 基本的にOpenFOAMを使用されている方、熱流体解析を理解できる方向けとなっておりますので、あらかじめご了承ください。
 サンプルモデル解説資料をご希望の方は、お手数ですがWebサイト右上の問い合わせフォームから請求してください。

おことわり
 今回の検討はある一定の条件下でのシミュレーション結果になります。異なる条件では違った結果や傾向になる場合があります。 また、このシミュレーション結果は実現象の再現を保証するものではありません